WHO-HPQ(社員のプレゼンティーズムを計測する代表的な指標)

インタビュー記事

WHO-HPQ(Health and work Performance Questionnaire)

 社員の生産性を測る指標の一つに、WHOが定義した「WHO-HPQ」というものがあります。これはプレゼンティーズム(体調不良やメンタルヘルス不調などが原因で従業員のパフォーマンスが低下している状態)を測る指標として企業が健康経営銘柄を取得するための項目としても使用されるものであり、生産性向上を目指す企業や健康経営を目指す企業など様々な企業から今注目されている指標です。
 産業精神保健研究機構(RIOMH、以下「リオム」)は、このWHO-HPQを日本語訳した宮木幸一医師(名古屋大学客員教授、元国際医療福祉大学医学部教授)が代表理事を務める、WHO-HPQや発達障害傾向の評価尺度AQ-Shortの日本語版などを管理し、それらの活用を促進するために設立された団体です。
 この記事は、リオム代表理事の宮木幸一医師に、WHO-HPQを活用することで実際に企業が得られるメリットや、それが個人レベルでどのような好影響をもたらすのかについてインタビューした内容をまとめたものです。

1.WHO-HPQを用いることで、なぜ生産性を計測できるのですか?

 WHO-HPQがなぜ生産性を計測できるのかということは、非常に本質的で重要な点です。まず前提として、生産性を評価するということは非常に難しいことです。例えば工場で何か物を作るという生産ラインがあったとすれば、1時間で何個作れたか、あるいは不良品率が何%かなど、数値化しやすいため定義が非常に容易であり、客観的に計測できます。これに対して、昨今ではサービス業を代表に、単純に物を何個作ったかという仕事ではない方がむしろ多いです。この場合、厳密な定義をもとにして生産性を計測するというのは非常に困難だということは、プレゼンティーズムの概念が生まれた数十年前から言われている話です。そのため、まず一つの答えとして、「客観的に」すべての人の生産性を数値化できるツールがあるかと言われれば、ないというのが答えになると思います。
 その中で、プレゼンティーズムの研究、生産性を数値化する指標というのは、実はWHO-HPQだけではありません。WHO-HPQは一つの代表的なプレゼンティーズム指標ではありますが、それ以外にも国際紙で名前が出てくるようなものだけでも十数個あります。WHO-HPQとは、ハーバード大学のケスラー先生がWHOの委員をしている時に作られたためにこのような名前になっていますが、必ずしもそれがもっとも優れた指標だという話ではありません。
 WHO-HPQの特徴をいくつか挙げるのであれば、まず海外でのエビデンスが豊富である点、次に日本での調査のために日本語訳版の作成及び妥当性検証がなされている点です。どの指標をもってしても、客観的な正解がなくあくまでも主観的なものでしかないですので、その中で世界的に最も広く活用されている代表的な指標としてWHO-HPQがあるということです。
 本当に生産性が測れているのかということに関しては、十分な妥当性の検証がなされています。例えば睡眠時間と生産性の関連は、一般的な感覚としても、データとしても相関が証明されていますが、睡眠時間はWHO-HPQのスコアとも相関が証明されています。他にもメンタル疾患や慢性的な腰痛といったものとも相関があり、間接的に、生産性と相関があるものに対してWHO-HPQは統計的に優位に相関するという実証が得られています。その意味で、生産性を計測する他の指標がダメだとは思いませんが、現時点で我々が使えるツールの中のベストなものの一つとしてWHO-HPQが挙げられると言えます。

<WHO-HPQにおけるプレゼンティーズムの定義>

【問1】0 があなたの仕事において誰でも達成できるような仕事のパフォーマンス、10 がもっとも優れた勤務者のパフォーマンスとした 0 から 10 までの尺度上で、あなたの仕事と似た仕事において多くの勤務者の普段のパフォーマンスをあなたはどのように評価しますか?
【問2】同じ 0 から 10 までの尺度上で、過去 4 週間(28 日間)の間のあなたの勤務日におけるあなたの総合的なパフォーマンスをあなたはどのように評価しますか?

相対的プレゼンティーズム = 問2 ÷ 問1
絶対的プレゼンティーズム = 問2 × 10

出典:WHO Health and Work Performance Questionnaire (short form) Japanese edition 世界保健機関 健康と労働パフォーマンスに関する質問紙(短縮版)日本語版
http://riomh.umin.jp/lib/WHO-HPQ(Japanese).pdf
※相対的プレゼンティーイズムの値は0.25>を0.25に、2.0<を2.0にします。
※スコアリングに関する詳細や、科研費による日本人の大規模コホート研究におけるWHO-HPQ日本語版スコアの平均値や分布などについて知りたい方は、非営利の管理団体リオム(http://riomh.umin.jp/)が会員向けに配布している日本語のスコアリングマニュアルを参照ください。

2.企業がWHO-HPQを使用するメリットにはどのようなものがありますか?

 様々なメリットがありますが、WHO-HPQの他と比べた一つの強みとして、金銭換算できるという点があります。これはハーバード大学のケスラー先生によっても紹介されている内容ですが、数値化しやすいために、経済換算が容易となっています。数値化の方法については、一通りではなく、簡略な方法や複雑な方法があります。ただ簡単に言えば、その方が年間で受け取っている給料をその方の労働価値だとみなして、その労働価値の何%が失われたという形で計算する方法になります。
 ただし、だからと言って数値が満点であれば理想的かというと、その点は必ずしもそうではないと思っています。WHO-HPQ自体主観的な評価ですので、国民性や本人のパーソナリティーもかなり影響しています。例えば同じWHO-HPQの質問でも、アメリカ人の得点分布と日本人の得点分布はアメリカ人の方がかなり高いです。ではその分アメリカ人の生産性が高くて日本人の生産性は低いかと言えば、必ずしもそうではありません。
 その意味では、満点を取ることが重要というよりも、他と比べた場合と、時系列的に見た場合の2つの面で価値があると考えられます。まず他と比べた場合ですが、先ほどの例のように他の業種業態と平均点を比べるのではなく、自社と同じ業種業態、あるいは企業規模も近ければ、他との比較にも十分意味があります。
 もう一つは、時系列で見た場合です。例えば初回の調査で0.7だった人が、次の調査で0.8や0.9になっていれば、それは良い変化だと言えます。逆に点数が下がっていれば、何かしら悪い変化が起きているのかもしれません。その意味で、必ずしも全員が満点となることが理想とは言えませんが、個人個人で見た時にその大小関係を時系列で見ていくことには間違いなく価値があると言えます。

3.企業での実際の活用事例について教えてください。

 まずどのような企業で使われているかということについては、かなり多岐にわたります。しかし傾向としては、やはり大企業が多いかなという印象です。そこでの活用方法は、一番多いものとしてストレスチェックが挙げられます。
 WHO-HPQ導入の一つのメリットでもあるのですが、現在は経済産業省が健康経営度調査を行っていて、東京証券取引所と組んで健康経営銘柄の指定を行っています。その中のチェックリストの一つに「プレゼンティーズムを定量評価していますか」というものがあるため、その認定に関心がある企業の方が申し込まれ、年に1回定例評価するという事例が一番多いです。
 ただ、健康経営銘柄は5年ほど前からの制度になるため、その初期から使い始めた企業では単に年1回の調査ではなく、それをもっと進めて生産性の評価にも役立てようという取り組みがなされています。どういう部署で生産性の低下があるのかと部署単位で分析をして対策を立てたり、何か施策を行った前後評価のために使用したり、毎月計測をしてパルスサーベイとして用いたりといった取り組みをされている企業も増えてきました。
 どこまでの結果を社員の方にフィードバックすべきかは一概に言えないところですが、文部科学省との研究を行った際、フィードバックを受けた個人からは「普段は生産性をあまり意識しないためフィードバックがあって良かった」という前向きな答えが多くありました。その意味では、WHO-HPQの結果を一人一人にフィードバックするのも、比較的満足度の高い活用事例と言えます。

4.社員にとってWHO-HPQのメリットはどのようなものがありますか?

 フィードバックを前提とした場合、実際の研究事業で感想としてあがってきたものに、まず一つ先ほどお伝えした「自分自身の生産性に目を向ける機会が得られた」というものがあります。普段意識していないけれど、自分は今力を発揮できているのかどうか定期的に注目できるのはメリットだと思います。そしてもう一つは、自分が企業の中でどれくらいの位置にいるのか相対化して把握できることもメリットと言えます。
 研究の際には、自分の点数だけでなく、自分の企業がどのような得点分布となっていて、その中で自分はどこに位置するのかということまでフィードバックをしていました。その結果あがってきた感想には、自分の現状を客観的に認識する機会になったというものがあります。自分は全体の中で低めなのか、同じくらいなのかといったことに興味を持つ方は多く、それも一つのきっかけとして自分の生産性に対するモチベーションとすることができます。
 上記のような直接的なメリットの他にも、自分が所属している企業が健康経営に注目しているということに対しての安心感なども挙げられます。これは企業側がWHO-HPQを導入するメリットでもあるのですが、健康経営に関する認証を得ることで採用活動がしやすくなったという声を聞きます。企業が社員のことをきちんと配慮してくれているのかということが、就活生が企業を選ぶ際に重視する項目であるということは経済産業省のデータにも出ています。その意味でプレゼンティーズムに対してきちんと注目をしているということ自体が、会社として働き方を大事にしている証拠とも言えます。
 WHO-HPQは、原則としては労働生産性の評価を行える指標ではありますが、健康度と相関するものであり、健康経営に対する一つの指標としてもきちんと機能するのです。

※法定雇用率の上昇に伴い、形だけの雇用ではなく障害者を戦力としてどう活用していくかは今後重要になってきます。以下は、プレゼンティーズムに関連する書籍としてご紹介させていただきます。
宮木幸一 著  東京大学出版会
「発達障害を職場でささえる  : 全員の本領発揮を目指すプレゼンティーズムという視点」 http://www.utp.or.jp/smp/book/b375470.html